「ウクライナ難民は歓迎するが、中東難民は拒否」そんな矛盾政策が欧州でまかり通る深刻な背景

「ウクライナ難民は歓迎するが、中東難民は拒否」そんな矛盾政策が欧州でまかり通る深刻な背景

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プレジデントオンライン

2022年4月21日、ウクライナ西部リビウの駅で列車を待つ人々。ポーランドなど避難先へ向かおうと大勢詰め掛けた – 写真=時事通信フォト

■ドイツでも暴走族vs犯罪組織の抗争が勃発

 治安の乱れという現象は、やはり移民の多いドイツでも起こっている。去る5月4日、ノルトライン=ヴェストファーレン州のデュースブルクという町で、オートバイを乗り回すヘルズ・エンジェルズ(地獄の天使)という暴走族(元は米国の非合法組織)と、トルコ=アラブ系犯罪組織がぶつかり合い、100人以上の戦いとなった。その時、少なくとも19発の銃弾が発射され、4人が負傷、15人が拘束された。それも深夜の話ではなく、夜の8時半、まだ普通の市民が出歩いている時間の出来事だ。

 ヘルズ・エンジェルズのほうは違法行為や暴力に染まった愚連隊という感じだが、後者は趣が違う。こちらはたいていイタリアのマフィアのように血縁でまとまっており、ドイツの文化からは完全に浮いている。このデュースブルクもそうだが、ベルリンやハンブルクその他の大都市では、彼らが根城にしている地域には、警察も足を踏み入れたがらない“no go area”ができてしまった。

 ロシア、ウクライナ、ルーマニア、ポーランド、アルバニア、コソボなど移民の出身別にさまざまなグループがあり(デュースブルク市だけでも140グループと言われる)、麻薬、売春、密輸、窃盗団、物乞い集団など、多岐にわたる犯罪に手を染めている。しかも、何十年もの間に彼らなりのビジネスノウハウが確立しており、今さら下手に起訴しても検察が負ける可能性もあるという。要するに移民ギャングたちはプロなのだ。はっきり言って、一番気の毒なのは、普通の、真面目に働いている移民の人たちだ。

■移民問題に揺れる中、新たにウクライナ難民が…

 ただ、一部の移民がどれほど暴走しても、ドイツでは過去の歴史のトラウマのせいもあり、これまで政治家が外国人にはっきりとモノを言うことがなかった。しかも、「多文化共生」などとお茶を濁してきたため、犯罪が増え、一部地域では治安が大いに乱れた。

 そこに敢然とメスを入れようとしたのが、ノルトライン=ヴェストファーレン州の内務大臣だ。2019年1月より彼の勇気ある英断で大々的な犯罪取り締まりが始まり、今に至っている。それでも残念ながら時々、前述のような抗争が起こるが、今回の事件の後、同州では早速、15人からなる殺人捜査チームが組まれたという。

 さて、長年の移民歓迎、およびマルチ・カルチャー・ブームが終焉を告げようとしているように見えたヨーロッパだったが、今、新たに、ウクライナからEUへと、続々と難民が到着している。ウクライナ人は3カ月ならビザなしでEUに入国できるので、多くの人が隣国のポーランドに逃げ込んだ。

■33万人の定住者から25万人、さらに61万人増え…

 ポーランドはしっかりした国なので、入国しようとしているのが本当にウクライナ人なのか、あるいは、どういう素性のウクライナ人なのかを、かなり念入りに審査しているようだ。テロリストではないまでも、違う国籍の人がウクライナの偽造パスポートで入国を試みているという噂は最初からあったし、今も消えない(ドイツはコロナの簡易検査だけで、素性の審査はしていないという)。

 実は、1991年のソ連の崩壊後、99年までの約10年間で、163万人以上の人々が旧ソ連地域からドイツへ戻ってきた。「戻ってきた」というのは、彼らは数十年、あるいは100年以上も前にソ連に移住した元ドイツ人の子孫たちだったからだ。

 そんなわけで、ウクライナ侵攻前のドイツには、すでに33万人以上のウクライナ系の人々が定住していた。そしてそれに加えて、さらに25万人のウクライナ人が、ビザ免除で3カ月滞在できることを利用して、出稼ぎ者としてドイツとウクライナの間を定期的に行ったり来たりしていた。出稼ぎの人たちは、介護関係が多いので、その64%が女性だ。

 その上に、今、ウクライナの難民が押し寄せている。ドイツの移民難民局の発表によれば、ロシアのウクライナ侵攻以来、4月末までの2カ月余りの間に入国したウクライナ難民の数は61万人。その7割が女性だ。

■ウクライナ難民を受け入れる利点は多い

 ヨーロッパにはシェンゲン協定というのがあり、加盟国の間では国境が取り払われているので、現在、ポーランドに入ったウクライナ難民が、すでにドイツで暮らしている親戚や友人を頼ってどんどんドイツに移ってくる。ポーランド政府も特別列車を仕立て、難民の交通費は無料にして、積極的に西への移動を助けた。

 ドイツのほうがポーランドよりも難民保護の手当は厚いし、働き口も多そうだし、何より通貨が憧れのユーロなので(ポーランドはまだユーロ圏に入れない)、特別列車に乗り込む人は多い。ただ、ウクライナ人は自由に動けるので、難民として届け出ず、親戚の家などに転がり込んでいる人も多いはずだし、さらに違う国を目指して出国した人もいるだろう。つまり、正確な数は把握できない。

 現在、産業界も医療界もウクライナ難民に白羽の矢を立てている。産業界では、技術職から単純労働まですべての部門で人材が不足しているし、医療現場では看護師、介護士が絶望的に足りない。ウクライナ難民は、まさに棚からぼたもちだ。

 それに、ドイツ人にしてみれば、ウクライナ難民は、中東難民に比べて圧倒的に利点が多い。元がソ連なので、社会主義国の常として初等教育が整っている。つまり、皆、読み書きそろばんができ、ドイツ語習得のハードルも低い。また、高学歴者も少なくない。

作家 川口 マーン 惠美

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