「負傷者の治療は絶対にやめない」ミャンマー軍の迫害に命がけで抵抗する医療従事者
発砲を受けて死亡した医学生の葬儀に集まった同級生 Photo: Stringer / Anadolu Agency / Getty Images
クーデターが起きてから2ヵ月半、抗議活動が続いているミャンマーでは、国軍による武力行使が続いている。なかでも特に医療従事者たちは、抗議活動をして負傷した人々の治療に当たっていることなどを理由に、日常的に軍の暴力の標的となっている。
【閲覧注意】救助活動のために待機していた救急車を襲撃し、医療スタッフに暴力を振るうミャンマー 軍の兵士
組織的に迫害される医療従事者
英紙「ガーディアン」によると、ミャンマー軍は医療従事者を組織的に迫害しており、最近は数日おきに医療従事者が連れ去られたというニュースが広がる。治療中に殺害された医療スタッフも少なくない。 クーデター直後から、政府系の医療機関に勤務していた数百名の医療従事者が、軍事政権の下では働けないとして市民不服従運動を開始し、職務を放棄するようになった。 政府系の病院を離れた医療従事者は民間病院で勤務したり、緊急治療を必要とする人々のために仮設の無料診療所を設立したりと、反政権デモの弾圧で負傷した患者の治療に隠れて当たってきた。 抗議行動を抑止できないことに苛立つ軍は、デモ隊の治療をする病院や診療所などの医療施設を襲撃し、救急車を捜索しては破壊し、医療従事者やボランティアに暴力をふるってきた。 4月6日、不服従運動に参加し、反政権デモで負傷した人々を治療していたヤンゴン医科大学教授で整形外科医のチョー・ミン・ソーが逮捕された。自宅で逮捕された同医師は、両手を後ろで縛られ、黒い袋を頭に被せられて、兵士や警察に引きずり出されたという。 そして、ミャンマーメディア「イラワジ」によると、ミャンマー国軍は、4月12日、政府系の19名の医師を扇動罪で起訴した。有罪となった場合、彼らは最大3年の禁固刑を課されることになる。軍率いる国家統治評議会は、市民不服従運動への参加を扇動したことや、病院を離れて新型コロナウイルスによる死者を出したことなどを非難している。 逮捕リストに載っている医師が勤務している民間の診療所や病院に対しても、営業免許の取り消し、病院の所有者を起訴するなどの脅しがかかっている。さらに、ストライキをしている政府系の病院の医療スタッフも、民間の診療所や病院で治療を行った場合は逮捕されると警告されており、医師らは公に活動できない。迫害から逃れるために、隠れている医師も少なくない。
命がけの秘密の治療
オーストラリアメディア「ABCニュース」の取材に応じた54歳のある看護師は、ヤンゴンで、デモで負傷した若者の治療に6週間以上当たってきたという。 「抗議をする人々が負傷した初めの日、私たち医師や看護師は、みんな泣きました。そこで目の当たりにしたものは言葉にできません」 抗議運動が始まった当初は、デモ現場のそばに「無料診療所」という看板やテーブルなどを出し、ちょっとした怪我の手当をし、催涙弾を浴びた人々に水や目薬を提供する程度だった。 しかし、その後兵士が発砲するようになってからは、危険を避けて毎回移動し、隠れて治療をすることしかできなくなった。ある日、患者を治療している間に、兵士が近くに探しにきて、見つかりそうになったという。 「彼らは救急車に銃を向けましたが、運転手も含め、私たちは別の場所に隠れていました。もし見つかっていたら、私たちは逮捕されていたでしょう。その日から、私たちは危険を承知で密かに治療を行っています」 暴力や逮捕も当然怖いが、一番恐れているのは、それゆえに助けを必要とする人を救えなくなることだという。 3月初め、ヤンゴンで医療ボランティアが載っていた救急車が兵士に襲撃され、激しい暴力を受けて、救急車が破壊される映像が世界を駆け巡り、震撼させた。 移動式の車中の仮設診療所を率いる34歳のヤンゴンの医師は、これまで治療したのはほとんど10代の若者だったと話す。 「怪我をした若者は、傷口から血が出ているのを見ても、泣いたり怖がったりしません。彼らは心が強く、痛みを感じていないようです」 同医師が治療した17歳の少年は、脚にゴム弾を受け、顔を殴られた。しかし、暴力自体はそれほど恐ろしくなく、むしろもっと抗議をしなくてはいけないと決意が固まったと話した。 同医師らは、抗議活動を支えるために今後も治療を続けると述べている。
治療の必要な患者を救えない悔しさ
英紙「ガーディアン」のインタビューに答えた別の医師は、長く自宅に戻っておらず、毎晩寝泊まりする場所を変えている。戻ってこられなかったら、家族を自分で支えるよう妻にも伝えている。そんな医師に対し、妻も「やるべきことをやっているから、もしあなたが死んでも、私はあなたを誇りに思うわ」と答えると言う。 同医師は、攻撃があったと聞くとチームでその地に向かう。しかし、負傷者がいても、軍がその場に止まっていると危険が伴うため、すぐに救助することはできない。兵士が立ち去るまで待っていると手遅れになることが少なくなく、軍隊に連れ去られてしまう怪我人もいる。必要な人に治療が施せていないことが悔しいと彼は語る。公式の死亡者数は少なく改竄されているという。 銃創の治療についてはクーデター以前は経験がなかったが、YouTubeを見たり医学書や手術の本を読んだりして独学で学んだという。さらに、医療従事者の数が足りないので、他のボランティアにも患者の状態を確認する方法や止血バンドの使い方などを教えている。 一方、ミャンマーの国境なき医師団のミッチェル・サングマ医師は、もし医師や看護師がボランティアで負傷したデモ参加者を秘密裏に助けていなかったら、もっと多くの死者が出ていただろうと述べる。 ただし、ボランティアで救急医療に従事する医師もインフラが限られているために、やれることは多くない。重篤な患者は設備の整った病院で治療する必要があるが、病院が機能していないのを懸念していると言う。私立病院も限界を超えている。 英紙「ガーディアン」のインタビューに答えたマンダレーの医師は語る。 「心肺蘇生をするときには、泣いてしまうこともあります。でも、お互いに励まし合って、前に進まなければなりません。私たちはそんなことをしている余裕はないのですから」