初の入管クラスター 収容者58人感染、施設内の閉ざされた実態
東京出入国在留管理局の建物。4フロアが収容施設となっている=東京都港区で2021年2月21日午前10時25分、竹内麻子撮影
在留資格のない外国人を収容する東京出入国在留管理局(東京都港区)で2月、入管収容施設では国内初の新型コロナウイルスのクラスター(感染者集団)が発生した。3月3日までに同局の全収容者の4割以上にあたる58人が感染し、職員も合わせると64人が陽性になった。感染した収容者が毎日新聞の電話取材に応じ、施設内の現状を語った。
【図表】ワクチン接種はどこで? 場所を確認
同局では建物内の4フロアで男性105人と女性27人(2月18日時点)がブロックごとに分かれ、個室や相部屋で収容されていた。感染は男性の収容エリアで広がった。2月14日に収容者2人と職員1人が体調不良を訴え、翌15日にこの3人を含む5人の陽性が確認された。同局は全収容者をPCR検査し、陽性者と陰性者を異なるブロックに分けるなどしたが感染は拡大。重症者はいないものの、保健所の指示で基礎疾患がある2人が入院した。3月3日には全ての女性収容者を他の入管施設に移した。
閉ざされた環境の中で、収容者は不安を抱えながら過ごす。イラン人の40代男性は1月末にのどの痛みを感じ、2月11日には食事の味がしなくなった。「コロナかもしれない。うつらないように気をつけて」と職員に伝えたが、この段階では職員も「大丈夫」と答え、深刻に受け止める様子ではなかったという。その後、体調不良が続き、17日に陽性と確認された。
畳の個室には1日3~4回、防護服を着た職員が訪れて熱と血中酸素濃度を測る。一時は38度を超える高熱が出て、せきや息苦しさ、体のだるさで動けない日もあった。19日夕に同局の委託医に電話で症状を訴えると、「頑張ってください」と痛み止めを処方された。「コロナのことがもっと分かる医者に診てほしい」と訴えるが、現時点では希望はかなっていない。食事は冷めた弁当なのがつらいという。
陽性者のブロックでは、他の収容者が苦しそうにせき込む音が聞こえる。横になっていると「自分の身に何か起きても誰も気づかないのではないか」と不安に襲われる。マスクは1日1枚配布されるが、部屋に消毒用アルコールはなく、必要な場合は職員に持ってきてもらう。
男性はイランの政治体制に反対する活動をしたことで身の危険を感じ、外国を転々とした後、約10年前に来日。これまで2度難民申請したが却下された。一時的に収容を解く「仮放免」が認められた時期もあったが、現在は約3年にわたり外に出られていない。「すごく苦しくて悲しい。クラスターのこともあまりニュースにならず、私たちはそんなに気にされていないのだと感じる」と話す。
男性と定期的に連絡している東京都在住の弟夫婦は「ちゃんとした医療機関にみせてほしい。急変するかもしれず本当に心配」と訴える。重篤になった場合に連絡が欲しいと入管側に訴えたが、「お答えできない」との返事だったという。
別のブロックにいたイラン人の50代男性は3人部屋に収容されていて、同室の1人が2月17日に陽性となった。自身は陰性で「部屋を消毒してほしい。移動させてほしい」と職員に訴えたが聞き入れられなかった。20日夜に熱が上がると隣の部屋に移動が許され、24日に陽性が判明した。同室だったもう1人も陽性になったという。「入管は何もしてくれない。消毒しないで同じ部屋にいたらうつる。私たちのことを全然考えてくれない」と話す。
施設内で感染はどのように広がったのか。昨春の国内での感染拡大を受けて、法務省は専門家を交えて対応を議論し、昨年5月に出入国在留管理庁が対策マニュアルを発行した。施設内では「3密」を避ける必要性が指摘され、同局は400~500人いた収容者に仮放免を認めるなどし、132人まで減らした。昨年8月に陽性者が1人出たが、その際は感染が拡大しなかった。入管庁は今回のクラスター発生について「マニュアルに沿って対応し、保健所や医師の指導にも従っている。ただ、今回の事案の検証は必要で、マニュアルを見直す必要があるかを含めて検討していきたい」としている。
今月3日にあった参院予算委員会での上川陽子法相の答弁などによると、感染は3フロアで発生。排気口を通じた感染拡大も疑ったが、調査の結果、問題はなかった。新規収容者は2週間の隔離措置を取っているためウイルスを持ち込む可能性は低いという。収容者の行動は制限されており、入管庁は職員が感染を広げた可能性も含めて調査している。上川氏は「マニュアルにのっとっていたかも含め、しっかり原因究明を図りたい」と語った。
クラスターの発生を受けて、同局を管轄するみなと保健所の担当者は「物理的に難しい場合もあるだろうが、できるだけ収容者を個室に入れるよう指導している」と話す。現在は入管職員に対する消毒の指導などをしており、健康観察は「収容者の健康管理の責任は基本的に入管にある」として同局から報告を受ける形で実施している。
入管施設におけるクラスターの危険性は以前から指摘されていた。昨年4月に日本弁護士連合会が発表した会長声明では、「長期収容下で基礎疾患を抱えたまま十分な治療を受けていない収容者も少なくなく、感染者が発生すれば生命の危険に直結することが懸念される」として、できる限り収容を解くよう求めた。
クラスターの発生を危惧していた市民団体「SYI(収容者友人有志一同)」の柏崎正憲さん(37)らは2月19日、同局前でデモを実施。「陽性者は入院させ陰性者は解放を」「入管の怠慢が感染を広げた」と訴え、収容者を激励するメッセージを叫んだ。柏崎さんの元には収容者や家族らから窮状を訴える電話が毎日のようにかかってくるといい、「集団感染が分かった後もなぜ個室にしないのか。みすみす感染を広げている」と非難する。上川氏の答弁によると、3月2日時点で陰性の男性収容者46人のうち、2人部屋4室に8人が収容されている。
26日には「全国難民弁護団連絡会議」など3団体が、陰性の収容者の解放や感染者の外部医療の受診を国に求める共同声明を発表した。同会議の高橋済(わたる)弁護士は「収容者数を限りなくゼロに近づける努力を怠り、複数を同じ部屋に収容していた。逃げ場のない状態で感染させた責任は問われるべきだ」と話す。その上で「感染の根本的な原因は長期収容にある」と指摘する。 在留資格のない外国人は、国外退去とするか否かを決める審判から送還までの間、入管施設に収容される。退去処分とされた人の大半は自ら出国するが、身に危険が及ぶ恐れがあったり、日本に家族がいたりする人は帰国を拒むケースがあり、収容が長期化している。日本の難民認定の判断は世界的にも厳しく、2019年は1万375人が申請したが44人しか認められなかった。人道的な理由で与えられる「在留特別許可」も減少している。収容に際しては裁判所の関与がなく、収容期間の制限もない。昨年秋には国連人権理事会のワーキンググループが入管の対応を「恣意(しい)的な拘禁などを禁じる国際法に違反する」と指摘し、日本政府に入管法の見直しなどを求めた。政府は長期収容の問題の解消に向け、施設外で生活できる措置の創設を盛り込んだ入管法改正案を2月、閣議決定した。改正案では収容に期限を設けず、難民認定の基準も見直さないため、人権軽視との指摘も出ている。
収容者から窮状を聞く活動を続けている駒井知会(ちえ)弁護士も「問題の本質部分を解決していれば、このような事態にはならなかった。今回の事態の早急な解決はもちろん、問題ある入管収容制度を直ちに改めてほしい」と話している。【竹内麻子】