生活保護費の不当な返還要求を非職員に行わせる、中野区の非常識

生活保護に関する業務を外部委託化しようとする自治体の動きが広まっている。それによって起きる問題とは何か(写真はイメージです) Photo:PIXTA
違法委託「ケースワーカー」による
違法な返還要求の実態
生活保護は国の制度であり、実施は各自治体が行うこととなっている。実施にあたるのは、各自治体が設置した福祉事務所の職員たち、つまり公務員でなくてはならない。その理由のうち重大なものは、人間の生命と生存に直結する重大な業務であることと、多額の現金を取り扱う業務であることの2点に加え、国に代わってそれらの業務を行うことである。
しかし、生活保護ケースワーク業務を外部委託化しようとする政府の動きが、2019年後半から活発化している。そして一部自治体では、政権の意向を先取りするかのように、ケースワーク業務の実質的な外部委託が行われている。現在、この問題で関心の中心となっているのは、庶民的で暮らしやすいイメージと利便性を兼ね備えた地域として知られる、東京都中野区だ。
中野区が実質的にケースワーク業務を外部委託していることは、「生活保護で暮らす中野区の70歳代の男性が、担当者から保護費の違法な返還を指示されて困り果てた」という成り行きから、偶然、明らかになった。
路上生活の経験が長かった70歳代の男性・Aさんは、現在は中野区のアパートで単身生活を続けている。路上生活時代の節約の習慣が残っているAさんは、月々の保護費から少額ながら貯金を続けている。70歳以上の高齢者に対する保護費は、2004年から2006年にかけて、「老齢加算」の廃止という形で大幅に減額されている。
以後、生活保護費を削減するために政府が検討を重ねるたびに、高齢者に対しては、「もう、下げしろがない」という結果となっている。それほど少ない保護費から貯金するとは、驚くべきことだ。
2020年、Aさんはアパートの更新時期を迎えた。もちろん、更新料は生活保護制度から給付される。中野区も、更新料をAさんに給付した。ところがその後、中野区の「担当者」は、Aさんに「貯金があるのなら更新料の返還を」と述べ、返還するための納付書まで送付したのだった。保護費から貯金すること自体は禁止されていないし、用途も自由である。貯金残高は、毎年の資産申告によって確認されている。貯金から更新料を支払うように求めるのは、違法である。
Aさんは、アパートに入居するにあたり、支援団体のサポートを受けていた。支援団体はその後も、Aさんとの信頼関係を維持していた。Aさんが精神的に追い詰められていたことから、支援団体は、Aさんが中野区から更新料の返還を求められていることを知ることとなった。
問題は、保護費の違法な返還要求だけではない。Aさんの「担当者」は中野区職員ではなく、中野区が業務委託を行っていた新宿区のNPOの職員であった。Aさんのもとに届いた中野区役所の封筒には、NPO職員の名があった。NPO職員は堂々と、中野区職員でなくてはならないはずの業務を、自らの名で行っていたわけである。
高齢者への専門的支援が名目
華麗すぎる中野区の「丸投げ」
中野区の見解では、NPOに生活保護業務そのものを委託しているわけではない。名目は「高齢者居宅介護支援事業」である。高齢者福祉は、難解で手続きが煩雑な上、細かな変更がしばしば行われる。高齢の当事者に利用を勧めたいケースワーカーの立場としても、高齢者福祉の専門家による支援を受けたいところであろう。
この事業の内容は、「高齢世帯へ各種福祉サービスを活用して安定した居宅生活が送れるよう支援する」となっている。業務内容は、仕様書によれば「65歳以上の生活保護受給者の福祉サービスの利用に係る相談援助など」「高齢者特有の課題に対する支援、調査」「対象者に生活保護の適正な実施を図る」というものである。「生活保護の適正な実施」は、区の職員であるケースワーカーの補助に留まる限り、違法性があるとは言い切れない。仕様書にも、「保護の決定を伴うもの」は除くことが明記されている。
ところがAさんの事例では、NPO職員が貯金の金額を知り、いったん給付したアパートの更新料の返還を求め、納付書を作成して送付している。生活保護業務の中心にある「保護費の給付」に関する判断、しかも不利益変更の判断を行っているのである。もしも区職員であっても、「貯金があるのなら返還すべき」と判断して返還を求めることは、違法である。
Aさんの事例が発覚したことから、中野区議会での質疑などで、実態が明らかになってきた。生活保護受給者に対しては、区職員であるケースワーカーが、少なくとも年に2回の訪問調査を行なう必要がある。しかし実際には、他業務を委託されたはずのNPO職員が訪問調査を行い、手続きに必要な書類を提出させ、費用の支給や返還にかかわる決定を行っていた。
最終的な決定は、区のケースワーカーが行ったことになっているが、会ったこともない生活保護受給者の書類に印鑑を押しただけであった。区のケースワーカーは、高齢世帯に対しては、ほとんど訪問を行わなくなっていた。
中野区は議会答弁などで、NPOが行っているのは「あくまでも補助業務であり、決定は区職員が行っている」としている。しかし実のところ、訪問調査を行い、ケース記録を作成し、援助方針を立てるケースワーク業務は、ほぼ全面的にNPO職員が行っていた。もはや、ケースワーク業務そのものの「丸投げ」であろう。偽装請負として、労働基準法上の問題となる可能性もある。
管製ワーキングプアから
憎しみを向けられる生活保護受給者
中野区の華麗すぎる「丸投げ」の背景は、人件費削減への圧力であった。「公務員減らし」は、1980年代からの流れである。問題となっている「高齢者居宅介護支援事業」は、2010年から開始され、現在は11年目となっている。いわゆる「民間活力の導入」だ。しかし、いったん業務委託が行われると、とめどなく人件費を削減する流れに傾くことが少なくない。
この問題を追及し続けている中野区議の浦野さとみ氏は、区の人件費見積もりとNPOの事業報告書による人件費との乖離にも注目している。本事業で雇用されている14人の職員の人件費は、手取りでは生活保護費と同等になっている可能性もあるという。
14人のうち9人は、社会福祉士やケアマネージャーなどの資格を持っている。「簡単に取得できるわけではない資格を持ちながら、生活保護並みの給料しか受け取っていない」という憤懣が、生活保護で暮らす人々に向けられたら、何が起こるであろうか。Aさんが受けた理不尽な仕打ちの背景に、「官製ワーキングプアによる生活保護への憎しみ」による生活保護への憎しみ」という感情がある可能性は、考えずにいられない。
中野区は氷山の一角
税金が勝手に「委託」に使われる?
