青森反核闘争

4月7日、「4・9核燃の日」全国集会と「NAZEN青森」結成集会に参加した。4・9「核燃の日」とは1985年、故北村青森県知事が核燃サイクル施設を受け入れた日が4月9日。それから27年たち現地の「4・9核燃の日」闘争によって、再処理工場はいまだに完成していない。今年の闘争は政府による原発再稼動・輸出そして核武装攻撃としてあり、真っ向こうから対決するものとしてある。「核燃の日」集会は地元・全国から労組を中心に1,150人が集まり、原発の再稼動反対と使用済み核燃料の再処理事業からの撤退を訴えた。集会後のデモはNAZEN(すべての原発いますぐなくそう!全国会議)の隊列とともに吹雪の中を原発再稼働反対!核燃再処理工場止めよう!のシュプレヒコールを上げながら貫徹した。夕方、NAZEN・青森結成集会に参加した。集会は南部バス労組の委員長の間山正茂さんの開会挨拶に続き、こどもたちを放射能から守る福島ネットワーク世話人の椎名千恵子さんの「ひるまず豊かに99%の怒涛を」アピールがあり、青森反核燃闘争の歴史を八戸北伝道所牧師で写真家の岩田雅一さんが提起した。下北半島に核燃料再処理工場・ウラン濃縮工場など原子力関連施設が「局所集中」している問題を1969年の政府の「新全国総合開発計画」にさかのぼって説明し、地方切り捨て・棄民化という国策と体を張って闘ってきた地元農民・漁民・労働者の闘いを誇りをもって訴えた。続いて「青森反核燃闘争のこれから」と題して百万人署名運動・青森県連絡会代表の中道雅史さんが提起。「何よりもNAZEN・青森は日本の核武装阻止を前面に掲げたい」と訴えた。そして原爆の材料となるプルトニウム生産の六ヶ所再処理工場や三沢ミサイル防衛システム配備、ウラン・プルトニウム混合燃料(MOX燃料)を使う大間原発建設を長年反対し、去年なくなられた漁民・坂井留吉さんらの闘いの遺志を受け継ぐ宣言になった。連帯の挨拶として核燃料搬入阻止実行委員会の澤口進さん、県農業者政治連盟の鳴海清彦さんらが発言。NAZENの富田翔子さんらが発言した。最後に8・6ヒロシマ━8・9ナガサキ実行委員会事務局長の三角忠さんが決意を表明して終了した。

8日はNAZENの仲間と六ヶ所村の日本原燃の再処理工場に向かい、「核燃の日」実行委員会の門前集会に合流し、「再処理とめろ!」と怒りのシュプレヒコール核燃再処理工場に向かって叩きつけた。その後NAZENの仲間とともに六ヶ所村内デモをした。家の中から手を振るお婆さんや硬い表情の人も。色々な反応があった。さらに、再稼働が狙われている東北電力の東通原発への抗議申し入れ行動をNAZEN織田陽介氏が行った。これで2日間の闘いを終えた。

なんぶユニオンは2日間の「4・9核燃の日」反核燃闘争を生かし、4・27東電・関電 直撃デモ「新橋アクション」へ驀進したい。    (s)

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