ベトナム人実習生の「駆け込み寺」完成 コロナで支援要請は3倍超に

栃木大恩寺の完成を記念して念仏を唱えるティック・タム・チーさん(中央手前)ら=栃木県那須塩原市で2021年11月19日、竹田直人撮影
新型コロナウイルス感染拡大の影響で職場を失うなど、日本での暮らしに行き詰まったベトナム人技能実習生らに寝食の場を提供するベトナム仏教寺院「栃木大恩寺」が、栃木県那須塩原市に完成した。埼玉県本庄市の寺を拠点に同様の活動をする尼僧、ティック・タム・チーさん(43)が新たに開設した。
埼玉ではコロナ禍などで身を寄せるベトナム人が4年弱で3倍になっており、タム・チーさんは「行き場がなく困っている在日ベトナム人は増えている。『駆け込み寺』として支援したい」と話す。
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「在日ベトナム仏教信者会」会長でもあるタム・チーさんは2018年1月、本庄市に大恩寺を開いた。技能実習生として来日したものの、受け入れ先の企業が倒産するなどして生活の場を失ったベトナム人を一時的に保護し、帰国に向けた手続きなどをサポートしてきた。
ところが、新型コロナの感染が世界的に広がると、ベトナムとの航空便の運休が相次ぎ、故郷へ戻ることもできずに大恩寺へ支援を求める人が急増。開設当初は20人ほどだったのが、現在は約60~70人にまで増えた。
一つの寺では手狭になり、支援活動が限界を迎えつつある中、共通の知人から窮状を聞いた東京都小平市の富田道夫さん(72)が那須塩原市内に所有する民家の提供を申し出た。長く塗装会社を経営していた富田さんは、取引先の電機メーカーなどでベトナム人の技能実習生らが懸命に働く姿を見ていたといい、「若い人が異国で一生懸命、作業に打ち込んでいて感動した。あのような若者たちが困っているなら使ってもらいたいと考えた」と話す。
2階建ての民家は約2年前に当時の住人が亡くなってから空き家となっていた。屋内には10畳の広間と六つの部屋があるが、床や壁はボロボロ。庭にはごみが散乱し植物が生い茂っていたが、タム・チーさんらは1カ月かけて掃除や改装をし、「新しい大恩寺」が完成した。
改装作業を手伝ったホー・バン・カーさん(27)は20年夏に大恩寺を頼った一人。18年6月に来日し、愛知県豊田市の自動車部品工場で技能実習生として働いていたが、コロナ禍で仕事がなくなったという。感染拡大に伴う経営悪化で実習が継続できなくなったり、帰国が困難になったりした技能実習生に認められる「特定活動」の在留資格に切り替え、群馬県内で働く。「日本人は親切な人が多いが、ベトナム人同士で助け合って過ごせる場所があってほっとした」と「駆け込み寺」の意義を語る。
出入国在留管理庁によると、在留外国人のうちベトナム国籍の人は44万8053人(20年12月末)で、この10年で10倍以上となった。栃木県内でも7999人が暮らしており、19年には中国を抜いて国・地域別で最多となっている。県国際課は「多くは技能実習生のようだ」とする。
ベトナムの農村で母子家庭に育ち、7歳で出家したタム・チーさんは、ホーチミン市の大学で日本語を学び、01年に仏教の研究をするために来日した。日本で暮らすベトナム人の支援活動を始めるきっかけは、11年3月に起きた東日本大震災だった。大正大の博士課程に在籍していたが、バス3台で被災地に向かい、被災したベトナム人をサポートした。
以降も大恩寺などで日本で困窮する同胞に寝食の場を提供しているほか、在日ベトナム大使館と連携し、日本で亡くなったベトナム人の遺体の引き取りや遺族への連絡、葬儀にも携わってきた。病死や事故死など死因はさまざまだが、ここ数年、毎年5、6人は自殺した人を弔っているといい、「コロナ禍の中、異国で暮らすストレスの影響なのか……」と声を落とす。
11月19日には改装作業を終えた民家の軒先に、「栃木大恩寺」と書かれた看板が掲げられた。照明で明るく輝く看板を見上げたタム・チーさんは「つらい境遇の同胞はたくさんいるかもしれない。追い詰められても『最後には大恩寺がある』と駆け込んで来てくれたら」と願っている。【竹田直人】
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