試用期間中、2度にわたり解雇を告げられた女性(右)。理由に納得できず、退社が残念でならない(写真の一部を加工しています)
働き手が仕事に就いた後、ごく短い試用期間中に辞めさせられるケースが後を絶たない。試用中の解雇を巡っては、雇い主に幅広い権利を認めた判例があり、法律にも使用者に有利な条文があることが背景にある。国は試用期間であっても合理的な理由を欠く解雇は無効としているが、浸透していない。労働問題の専門家は、使用者が雇用責任を再認識するよう求めている。
「今日でもう辞めてください」
福岡市の女性(66)は上司の言葉にあぜんとした。昨年10月に採用され、出勤2日目にそう告げられた。勤め先は清掃会社。面接で自分に不利な内容を隠していたから-とされた。
「面接ではちゃんと話して相談したのに」。家族が抗議すると、11月から試用として別の現場で働くよう言われた。今度は半月ほどたつと、月末で辞めるよう言われた。理由は体力面。荷物の運搬に支障があると指摘された。
仕事は懸命にやっていた。作業中に上司の立ち会いはなく、仕事ぶりを見られたことはないという。「それなのに、なんで」。別の現場への異動を望んでも拒まれ、月末で退社した。
女性は年金が月額3万円台。「年も年だし、手に職もない。また清掃の仕事をしたいけど」。失業給付を頼りに職を探している。
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最高裁は1973年の判決で、試用期間中の解雇について、本採用の後よりも雇い主に幅広い裁量を認めた。期間中は会社側が雇用契約を解除できる権利を持ち、従業員の適性を見て正式採用するかどうかを決定できる-とした。
労働基準法には、使用者に有利と解釈できる条文もある。従業員を辞めさせる際は少なくとも30日前に知らせ、できない場合は解雇予告手当を支給する義務がある。ただ、試用期間開始から14日以内なら、予告も手当も必要ないとされる。
一方で、最高裁判例や労働契約法は合理的な理由のない解雇を無効とする。にもかかわらず、試用中の理不尽な解雇が横行するのは、企業が生産性や効率の向上を迫られ、従業員教育に十分な時間を割けないことが影響しているとみられる。
女性の場合、試用開始から14日を超えていたため手当は支給された。相談を受けた労働組合幹部は「手当を払えばいいというものじゃない。雇うならきちんと責任を持って雇うべきだ。使い捨ては許されない」と批判する。
厚生労働省によると、2020年の解雇件数は約23万7900件で、試用期間に限った集計はない。働き手の訴えなどを基に、行政側が解雇予告と手当支給に違反したとして指導した件数は16~20年、年間107~138件。不当に職を失い、泣き寝入りしている労働者はさらに多いとみられる。
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解雇予告も手当も受けられなかったケースがある。福岡県内の女性(49)はその一人だ。
昨年末、関西に本部がある会社に入った。面接で、担当予定の業務は約20年ぶりで、専用ソフトの使用経験がないことを告げた上で採用された。試用期間は3カ月だった。
出先事務所となっている福岡市内の住宅で1人で働く勤務形態。研修はリモートで、オンラインだけの指導ではソフトの操作を習得できなかった。同僚に教わろうにも事務所には自分のみ。「分からないなら言え」などと叱責(しっせき)が続いた。
入社から14日目。退社を強く迫られ、事務所の鍵の返却を求められた。辞めざるを得なかった。
女性は「対面で教えてもらえれば違ったと思う。研修期間もあると聞いたから安心していたのに、人を育てる雰囲気はなかった」と嘆く。
労働問題に詳しい西野裕貴弁護士(福岡市)は近年の短期間の解雇について、使用者が買い手市場を背景に「手当さえ支払えば済む」と安易に捉える傾向があるとみる。西野弁護士は「本来は解雇が有効かどうかが問題。仮に裁判所が使用者の責任を認めて解雇無効と判断すれば、雇い主は民法上、労働者が働けなくなった期間の賃金の支払い義務を負う。そうしたリスクをはじめ、雇用することの責任の重さを再認識すべきだ」と指摘している。 (編集委員・河野賢治)
【ワードBOX】試用期間
雇い主が従業員の能力や適性を見て本採用するかどうかを決めるための期間。期間の長さを定めた法令はなく、3カ月や6カ月が一般的だが、長すぎると民法の規定で認められない可能性がある。期間中に解雇できる条件は一般的に、病気やけがで復職の見通しが立たない▽勤務態度が悪い▽経歴詐称▽能力不足-などとされるが、合理的な理由がある場合に限られる。