なんぶユニオン
原発ゼロの日さよなら原発5.5(ゴーゴー)集会に参加
- 2012-05-08 (火)
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5.1全労協日比谷メーデーに参加
- 2012-05-08 (火)
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4月27日第9弾東電、関電直撃デモ新橋アクション行われる。
- 2012-05-08 (火)
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第23回外登法・入管法と民族差別を撃つ全国研究交流集会 7.9「在留カード」阻止を
- 2012-05-08 (火)
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青森反核闘争
- 2012-04-23 (月)
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4月7日、「4・9核燃の日」全国集会と「NAZEN青森」結成集会に参加した。4・9「核燃の日」とは1985年、故北村青森県知事が核燃サイクル施設を受け入れた日が4月9日。それから27年たち現地の「4・9核燃の日」闘争によって、再処理工場はいまだに完成していない。今年の闘争は政府による原発再稼動・輸出そして核武装攻撃としてあり、真っ向こうから対決するものとしてある。「核燃の日」集会は地元・全国から労組を中心に1,150人が集まり、原発の再稼動反対と使用済み核燃料の再処理事業からの撤退を訴えた。集会後のデモはNAZEN(すべての原発いますぐなくそう!全国会議)の隊列とともに吹雪の中を原発再稼働反対!核燃再処理工場止めよう!のシュプレヒコールを上げながら貫徹した。夕方、NAZEN・青森結成集会に参加した。集会は南部バス労組の委員長の間山正茂さんの開会挨拶に続き、こどもたちを放射能から守る福島ネットワーク世話人の椎名千恵子さんの「ひるまず豊かに99%の怒涛を」アピールがあり、青森反核燃闘争の歴史を八戸北伝道所牧師で写真家の岩田雅一さんが提起した。下北半島に核燃料再処理工場・ウラン濃縮工場など原子力関連施設が「局所集中」している問題を1969年の政府の「新全国総合開発計画」にさかのぼって説明し、地方切り捨て・棄民化という国策と体を張って闘ってきた地元農民・漁民・労働者の闘いを誇りをもって訴えた。続いて「青森反核燃闘争のこれから」と題して百万人署名運動・青森県連絡会代表の中道雅史さんが提起。「何よりもNAZEN・青森は日本の核武装阻止を前面に掲げたい」と訴えた。そして原爆の材料となるプルトニウム生産の六ヶ所再処理工場や三沢ミサイル防衛システム配備、ウラン・プルトニウム混合燃料(MOX燃料)を使う大間原発建設を長年反対し、去年なくなられた漁民・坂井留吉さんらの闘いの遺志を受け継ぐ宣言になった。連帯の挨拶として核燃料搬入阻止実行委員会の澤口進さん、県農業者政治連盟の鳴海清彦さんらが発言。NAZENの富田翔子さんらが発言した。最後に8・6ヒロシマ━8・9ナガサキ実行委員会事務局長の三角忠さんが決意を表明して終了した。
8日はNAZENの仲間と六ヶ所村の日本原燃の再処理工場に向かい、「核燃の日」実行委員会の門前集会に合流し、「再処理とめろ!」と怒りのシュプレヒコール核燃再処理工場に向かって叩きつけた。その後NAZENの仲間とともに六ヶ所村内デモをした。家の中から手を振るお婆さんや硬い表情の人も。色々な反応があった。さらに、再稼働が狙われている東北電力の東通原発への抗議申し入れ行動をNAZEN織田陽介氏が行った。これで2日間の闘いを終えた。
なんぶユニオンは2日間の「4・9核燃の日」反核燃闘争を生かし、4・27東電・関電 直撃デモ「新橋アクション」へ驀進したい。 (s)
芳賀通運本社抗議行動 芳賀通運労働争議
- 2012-04-20 (金)
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4月16日に、栃木県真岡市にある芳賀通運本社へ、東京から社前抗議闘争に行ってきました。当ユニオンと部落解放同盟全国連合会品川支部、杉並支部、とちのきユニオンと共闘で約20人で行いました。今回で三回目、あしかけ三年目の抗議闘争になります。
芳 賀通運は、会社の運転手だった当N組合員に対して、2009年8月、突然「東京営業所では国の基準で乗務員点呼ができない。千葉県にある八千代事業所に転 勤をしろ」という業務指示を出した。これは「東京営業所での勤務」という採用条件に反しており、しかも経営者と国との関係によるもので、会社責任を労働者 に押しつけるものだ。
転 勤命令の撤回を求めて当組合と会社との間で団体交渉がなされたが、会社が出した「対案」は、職種変更、賃金大幅ダウンの内容でありN組合員の生活を成り立 たせなくさせ、退職に追い込むものでしかなかった。しかも団交継続中にもかかわらず2010年4月に会社はN組合員を解雇した。その解雇理由は全くでたら めで、団交中の組合側が、会社側に暴力行為を行ったというでっち上げであった。その解雇通知と前後して、団交までも拒否してきた。これらの行為は完全に不 当労働行為である。以上がこれまでの経過である。
私 たちユニオンは、今回は、この3年の闘いの重みをかけ、再度団交申し入れをし、怒りをこめて社前で会社を弾劾すると共に、勝利するまで何回でもこの社前闘 争をやることを宣言した。そして芳賀通運の労働者へ「地元とちのきユニオンに入って、労働者の使い捨てを許さず共に闘かおうと」を訴えた。
社前抗議闘争のあと宇都宮駅前でビラまきをやった。地元の人たちは、芳賀通運をよく知っていて、「ひどいことをする会社だな」とビラを受け取りながら言っていた。わたしたちは、勝利感を持って、東京への帰路についた。
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