ドイツ鉄道スト、「労組間の勢力争い」の深刻度 コロナ禍で決行は乗客無視、長距離列車7割運休

ドイツ鉄道スト、「労組間の勢力争い」の深刻度 コロナ禍で決行は乗客無視、長距離列車7割運休

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東洋経済オンライン

ドイツの鉄道ストライキ中、数少ない列車に集中する乗客(筆者撮影)

 ドイツの鉄道従業員が加入する労働組合GDLは、2021年9月1日午後5時から9月7日午前2時にかけて約1週間にわたりストライキを決行した。GDLは”Die Gewerkschaft Deutscher Lokomotivführer”の頭文字で、直訳すれば「ドイツ機関車運転者組合」、すなわち主に運転士が加入する組合だ。1867年設立とドイツの労組で最古の歴史を誇り、客室乗務員など他の職種も含め現在は約3万8000人の組合員がいる。

【写真を見る】ドレスデン中央駅のインフォメーションは乗り継ぎ列車を尋ねる人で長蛇の列

 GDLのスト決行により、ドイツ国内の鉄道網は大混乱に陥った。長距離列車の75%以上が運休となり、Sバーン(大都市圏の近郊路線網)など都市交通にも影響が及んだ。

■鉄道業界2つの労組

 ストというと賃上げや待遇改善要求などをイメージするが、今回GDLが行ったストの背景には別の思惑も絡み合っていた。  ドイツの鉄道業界にはGDL以外にEVG(Die Eisenbahn- und Verkehrsgewerkschaft、直訳すれば鉄道・交通労働組合)という別の組合もあり、こちらはGDLの5倍近い18万4000人の組合員を擁している。

 一部の地域の鉄道事業者はこの2つの組合との労働協約をそれぞれ締結したが、今回は2021年1月にドイツで施行された「団体交渉統一法」が問題となった。端的にいうと、同法では労働協約が競合している場合、企業内の組合員数が多いほうとの協約が、少ないほうの組合員にも適用される。このため、当然ながら数が少ないGDLが不利になる。

 同法は当事者間の交渉によって廃止することも可能だったが、ドイツ鉄道(DBAG)は将来的に企業内の2つの組合の労働協約を並行して適用することを提案した。これはGDL組合員にはGDLの、EVG組合員にはEVGの労働協約がそれぞれ適用され、非組合員は2つの労働協約のどちらかを選ぶことができるという内容だったが、GDLは団体交渉統一法そのものが組合の重要性を失わせる可能性があるとして危機感を抱いており、この提案を却下した。

 GDLがストを決行したのは、組合員数による不利を克服するため、加入者を増やすための戦いでもあった。代表のクラウス・ヴェゼルスキー氏によれば、過去14カ月で4000人がGDLへ加入しており、今後はインフラや工場、操車係といった他部門の労働者の加入を目指すため、これらの職種に対する協約締結も目指していると語った。このストはEVGに対する宣戦布告でもあったのだ。

 今回のストでは、従業員がEVGに属している会社や部署は影響を受けなかったが、列車の運転のみならず、例えば車庫から車両を出庫させ、駅へ回送する操車係や、工場で清掃や点検をするメンテナンス係なども関係してくるため、組合員数が少ないGDLのストでもドイツ全土に多大な影響を及ぼすことになった。

 ストライキの影響を受けた乗客たちからは、当然ながら多くの不満の声が上がった。連邦政府副議長のルーカス・イフレンダー氏は「多くの乗客が我慢の限界に達している」と語り、鉄道を利用したいと考えている人が多数いる今、こうした論争は国民の理解を得られないと批判。乗客団体「Pro Bahn」は、早期解決のため賃金問題の当事者に対し交渉のテーブルに戻るよう呼びかけた。
 今回のストは、表面上は旅客列車の運行停止に伴う旅行者という部分が目立つが、それ以上に大きな損害を被ったのが、ドイツ国内だけで1日約100万トンが輸送される貨物だ。ドイツで運行される貨物列車のうち、約43%がドイツ鉄道子会社DB Cargoにより運行されており、ストによる影響は甚大なものとなった。鉄道を使って貨物輸送する企業にとって、ストによるサプライチェーンの停止は、コロナ危機後の景気回復に水を差すことになり、経済へ悪影響を与えるとの声も上がっていた。国際貨物も多く運転されていることから、周辺国企業にも少なからず影響を与えた。

■スト決行中のベルリン行き

 

 では、スト決行中のドイツの鉄道はどのような状況だったのか。筆者は居住地であるチェコの首都プラハから毎日運行している国際列車ユーロシティに乗車し、ドイツの首都ベルリンを目指した。

 通常ならプラハ中央駅(本駅)を朝6時26分に発車する始発列車に乗車すれば、10時47分にはベルリンに到着できる。ところが駅で電光掲示板を確認すると、行き先はドレスデンになっている。一方で、ホームに入ってきた列車の行き先表示にはベルリンと書かれている。いったいどちらが正しいのだろうか。

 チェコ国内は大きな遅れもなく、列車は極めて順調にドイツへ向けて走る。国境を越えてドイツへ入っても様子は変わらなかったが、検札に回ってきたドイツ鉄道の車掌が「この列車はドレスデンで終点だ。ベルリンへ行くなら、下車してから駅の窓口で聞いてくれ」という。ドレスデン中央駅に列車が滑り込むと、確かに「ここで終点」と放送が流れ、電光掲示板も終点を表示していた。  ドレスデンは人口約51万人を抱えるザクセン州の州都。同州では人口約60万人のライプツィヒに次ぐ大都市で、普段の中央駅は多くの人で賑わう。だが駅構内に人はまばらで、週末とはいえかなり少ないことが一目でわかる閑散ぶりだ。コンコースの発車案内にICE(高速列車)やIC(インターシティ、特急に相当)といった優等列車の名はなく、表示されているのは近郊列車と都市間を結ぶローカル列車のREだけで、その本数も平時と比較して明らかに少ない。

 この状況でベルリンを目指すということは、わずかな普通列車を乗り継ぐしかない、ということでもある。ドレスデンから乗車した普通列車REは、週末朝のローカル列車とは到底思えないすべての座席が埋まった状態で発車。デッキ付近にある荷物置き場にはスーツケースなどの大きな荷物がたくさん積まれており、長距離移動の乗客が多いことは明白だ。

 優等列車なら1時間程度で移動できる終点ライプツィヒ中央駅まで、たっぷり1時間半をかけて到着。駅の情報端末で次に乗る列車を調べると、地下ホームから発車する近郊列車Sバーンで50kmほど離れたハレまで行くよう表示された。しかし乗り換え時間はわずか数分、まるで綱渡りのようだ。

 駅の情報ではハレでベルリン行きのICEに乗り換えることになるが、乗り換え時間はわずか1分。それを逃せば次の列車はいつになるかわからない。ただ、乗り換えるICEが何番線から出るのかわからない。駅の掲示板で確認し、ほかの乗客と共に地下通路を走る。すでに発車時刻を2分回っていたが、列車はまだ停車していた。ストを考慮して乗り継ぎの便宜を図ってくれたのか、単に遅れていたのかは不明だが、とにかく予定の列車をつかまえることができた。

■ストは避けられなかったのか? 

 ICEは立ち客が出るほどの満員状態でハレを発車、ベルリンには定時の12時15分に到着した。本来の直通列車より1時間半余計にかかったものの、どうにかたどり着くことができた。

 だが、チェコへ戻る列車も「運行状況は変わる可能性がある」というドレスデン方面の特急列車ICが1本表示されるだけで、何とも心許ない。一方、高速バスはほとんどの便が満席となっていた。鉄道の長距離旅客がバスへ流れたわけだ。結果的にICは運転されていたため、どうにかプラハに戻ることができたが、まさに冷や汗の連続であった。

 GDLとドイツ鉄道の交渉が膠着状態となる中、ついに連邦政府は両者に対し、乗客や経済への悪影響を留めるよう訴えた。アンゲラ・メルケル首相は、原則としては交渉に直接干渉することはないとしながら、「すべての立場の人にとって実行可能な解決策が早く見つかること」を望んでいると述べた。9月16日、GDLとドイツ鉄道はコロナ禍の影響によるボーナス支給や段階的な賃上げなどで合意した。

 ストライキは労働者の権利だ。その行動そのものに口出しするつもりはないが、コロナによる自粛や規制が続く中、今回のようなストはどうにか避けることはできなかったのかという疑問は残る。2m以上の間隔を空けたり、乗車人数、入店人数に制限を設けたりといった「お願い」をされても、このような全国規模ストの混乱下では守ることなどできるはずもない。現在の世界情勢を鑑み、労組間の勢力争いともいえるような理由によって利用者に大きな負担を強いるストは極力避けてほしいと願うばかりだ。

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